在りし日の聖騎士団長



 聖騎士団の航空母艦に乗船している団長のカイ=キスクは、 団長室にある革製のチェアーに腰掛けていた。 机の上には暗号化された法力波をとらえて音声化する、聖騎士団特注の通信装置が備えられており 各地で戦いを続ける師団長からの戦況報告が次々と送られてきていた。 通信を黙然と聞き続けるカイの表情は険しいままでずっと変わらない。 どの地区においても戦況は芳しくないようで 作戦の失敗による戦場からの撤退や、 部隊の壊滅と言った報告が大半を占めていたからだ。

 集団で攻めてくるギアの恐ろしさと それに恐れず立ち向かっていく部下の勇敢さは、誰よりもカイがよく知っていた。 だからカイは敗戦の指揮をとった師団長達を咎めることはせず、 特に被害の大きい部隊にはすぐに救援を送ることを約束した。

 聖戦が始まってから、もうすぐ百年になろうか。 いつ終わるとも知れない戦いに人々はとうに疲れ果てていた。

「今は耐えるしかありません。 しかし、戦局を巻き返す機会はきっと訪れるはずです。 私達はもう100年もギアの猛攻を凌いできました。 人類の結束は、そして聖騎士団の団結は、決してギアなどには負けません。 頑張りましょう、皆さん。人々は私達の勝利を今も信じています。 私達が希望を失わないかぎり。私達が希望であり続けるかぎり。」

 カイは最後にこう言って、通信を切った。 今は言葉を投げかけることしか出来ないが、 少しでも各地で奮戦する師団長達を勇気づけられたらと、そう思っていた。


 出会った人たちからは口々に英雄だと称えられ、部下はみな慕ってくれた。 だが、時々カイは考える。
「本当に私が団長で良かったのだろうか?」と・・・。

 その時、決まって脳裏をよぎるのはソル=バッドガイを名乗る風来坊だった。 かつては聖騎士団に所属したこともあったが、 傲慢な態度を取っては、団の規律を平然と破る、自分勝手な男だった。 だが、戦場においてソルの右に出る者はいなかった。

 身の丈はあろうかと言う巨大な鉄塊を振り回せば、巨大な竜型のギアをも骨から砕き 得意とする炎の法力をその身から放てば、炎を浴びたギアは塵も残さずに焼き消えた。 撤退戦においては、その身ひとつでしんがりを務めて、 なおかつ生きて帰ってくるだけの強靭さもあったので、 一度でも戦場を共にした者からの信頼は厚かった。 作戦会議の時には、作戦のほころびを的確に指摘しては より効果的な策を立案するということも何度かあった。

 ただ腕が立つだけではない。頭も切れる。足りないのは協調性だけ。
だが、そんな物は自分が補えばいいとカイは考えていた。 ソルの性格や態度は何から何まで気に入らなかったが、 格闘力、法力、戦闘経験、兵法など戦うことに必要な全てをソルは備えていた。 その全てにおいて、ソルの力量はカイの実力を圧倒的に上回っていた。

 先代の団長クリフから「次の団長を任せる」と言われた時に、カイは辞退するつもりだった。 自分は適任ではない。自分はその器ではない。

 そんな矢先にソルは突如として聖騎士団を抜けだした。団の宝である封炎剣を持ちだして・・・。
「どこまでも自分勝手な奴だ」と、カイは怒った。ソルに寄せた期待が大きかっただけに、それが裏切られた憤りもまた大きかったのだ。

「もしもソルがいてくれたら・・・」

カイは思考する。
ソルがいてくれたら、勝てた戦が何度あっただろう。
ソルがいてくれたら、救えた命がいくつあっただろう。
あの男さえ・・・ソルさえいてくれたら・・・。

 カイは椅子を引いて立ち上がり、腰に備えた鞘から封雷剣の白刃を抜いた。 刀身からは雷撃がバチバチと鳴り響くが、 カイが僅かな法力を柄に込めると、雷は剣の中へ吸い込まれるように消えていった。

 戦況は刻一刻と悪化の一途を辿る。尊敬していた上官は衰えて戦場を退き、 頼りにしていた部下は次々に殉死していった。

「無い物ねだりか・・・いけない。私がこんな風では・・・」

 少しの間だけだったが、剣を握ると不思議と頭が冴えた。 こうした瞬間にカイは自覚する。やはり自分は剣士なのだと。

 剣を鞘に収めて、カイは再び思考する。

「今のままでは駄目だ。多くの人員を救おうとした結果、兵力が散らばり過ぎている。 まずは拡散した各師団を結集することから考えよう。そして、戦いに勝利すること。 どんな小さな勝利でもいい。とにかく勝つことが大事だ。」

 負け戦を経験して消沈する兵士たちにとっては、 勝利こそが何よりも励みになることをカイは知っていた。
各隊の師団長へ伝令を発するカイの顔には、いつもの覇気が戻っていた。


-end-


15年作。統率者としてのカイをイメージして書いた小説です。
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