異界のまじない師
貧しい者"コモンズ"、富める者"トップス"。 格差が完全に二分化されたシティにおいて、誰もが夢中になる究極の娯楽があった。 それはデュエルモンスターズというカードゲームが、スピードの中でさらなる進化を遂げたライディング・デュエルである。
「ライディング・デュエル!アクセラレーション!!」
今宵も二人のデュエリストがD・ホイールと呼ばれるバイクに跨り、シティ中のストリートを駆け回りながらデュエルを繰り広げる。 この時ばかりは、コモンズもトップスも両者の別なく、皆が一様にデュエルにのめり込む。 勝負はすでに終盤。全身が白で塗装された独特なモノホイールに乗ったジャック・アトラスが対戦相手を仕留めにかかった。
「行けぇ、スカーライト!!灼熱のクリムゾン・ヘル・バーニング!!!」
ジャックが叫ぶと、彼が己の魂と呼ぶエース・モンスターのスカーライトが口から紅蓮の炎を吐き出した。 炎は立体映像「ソリッド・ビジョン」にも関わらず、まるで体を焼き尽くすような熱量を感じさせ、凄まじい勢いで対戦相手を包み込む。 瞬間、相手のD・ホイールのエンジン部から煙が噴出し、強制的に走行が止められた。
ジャックは勝利の勢いをそのままに、高らかに拳を空に突き上げ、衆人に向かって叫んだ。
「キングは一人!この俺だ!!」
デュエルを中継していたスタジアムは割れんばかりの歓声に包まれた。
ある者は叫んだ。
「やったぜジャック!また勝った!!」
それは自分と同じくコモンズという下層の出自でありながらも、シティの頂点にのぼりつめた男に抱く憧れでもあった。
ある者は感嘆した。
「素晴らしいお手前、さすがはキング。」
彼らトップスのエリートにとってもライディング・デュエルとは至高の娯楽に変わりない。 そのため唯一無二の覇者には相応の敬意が払われ、時には羨望すらも集めた。
ある者は呟いた。
「なにがキングだ。コモンズのくせに。」
ある者は応じた。
「そうだ。俺はキング・・・そしてコモンズ・・・。」
その夜、"キング"ジャック・アトラスの防衛記録の更新を祝し、華やかな祝賀パーティが催された。 街を一望出来る高層ビルの最上階に設けられた特設会場には、さまざまな財界人や政治家が集まった。 その中には、シティの全権を握るとまで言われる行政評議会の姿すらあった。 それはライディング・デュエルが人々の生活の一部として、もはや切り離せないものであるのと同時に その覇者であるキングの影響力の高さを物語っていた。
無論、ジャック自身もそうした実情を理解しているからこそ、 パーティには気乗りしなかったが、欠席する訳にはいかなかったのである。 しかし、デュエルの戦術を表面しか理解できない者達と語る言葉を彼は持ち合わせていなかった。 会談した相手からの問い掛けに対しては、無愛想に簡潔に、素っ気なく答えるだけの退屈な時間が過ぎていった。
「政治屋どもの相手というのも、案外と疲れるものだな。」
ジャックはようやく終わったパーティから退出しようと、タキシードの襟元のタイを緩めながら、床に敷かれた真っ赤なカーペットを足早に歩いていった。 出口に差し掛かろうとした矢先、突然パシャパシャと無数のシャッター音が鳴り響き、まばゆいばかりのフラッシュがジャックの眼前を幾重にも覆った。 会場の出口には、シティのヒーローであるジャックの言葉を人々に伝えるべく、無数の報道陣が待ち構えていた。
「キング!防衛おめでとう御座います!」
「キング!何か一言!」
記者が次々にジャックにマイクを向ける。
・・・これだ。パーティの後は取材。休まる暇がない。
ジャックは内心やれやれと思いつつも、記者達に応じた。 いつも通り、己の存在を誇示するように胸の前で拳を握り、「次も必ず勝つ」と宣言する。 そして「ただ勝つだけではない。王者としての余裕を見せつつ、華々しく勝利を飾るだろう」と続けた。
記事や中継を見た者は何を感じるだろうか。と、ジャックは考えていた。
いかにライディング・デュエルが人々の娯楽として浸透しているとは言え、 キングとして必要以上に祭り上げられていることには、不信の念を抱かずにいられなかった。 行政評議会などと言った輩が干渉してくるのも、コモンズとトップスの格差などの社会不安から目を逸らせようと画策した末の行動ではないか。 そう考えたことは一度だけではない。 人々から称賛を浴びることに比例して、トップスからは「いきすぎた地位を手にした成り上がり」と言われ、 コモンズからも「トップスに媚びを売る裏切り者」などと反感を抱かれることが増えていった。
道化と笑われても構うものか。これが俺の選んだ道だ。今は臆せず進むのみ。
ふと、一人の女記者の姿がジャックの目に止まった。 まるで瓶の底のような丸く分厚いレンズがついた眼鏡のおかげで、その風貌はどこか垢抜けない印象を周囲に抱かせた。 記者はメモ帳とペンを手に握りながら、ジャックに懸命に話しかけてきた。
「RDD報道社のカーリー渚です。キング!今回も見事な勝利でした!
2ターン目に伏せたカードは最後まで発動しなかったようですが、何のカードだったのでしょうか?」
カーリーが質問を投げかけた。
「・・・トラップカード、ナイトメア・デーモンズ。発動するまでもなかっただけだ。」
「すると、直接攻撃で終わったあのデュエルにも違った結末があったのかも知れないですね。」
「・・・あぁ・・・。」
ジャックは今まで自分の勝利を褒め称えるような言葉を多くの記者から浴びせられてきた。 しかし、気難しい性格が報道陣に周知されてからと言うもの、 勝負の肝に関して細かく質問されることはほとんど無くなっていった。 女記者、カーリーとのこのわずかばかりの会話は、デュエリストとしてのジャック・アトラスの関心を引くのに十分すぎる内容であった。
この女、よく見ている・・・。
ジャックはカーリーの顔をまっすぐにじっと見つめて問い掛けた。
「貴様・・・コモンズか?」
「・・・えっ・・・。」
本来は取材対象であるはずのジャックから、自分に対して想定外の質問を投げかけられたカーリーは、 一瞬にして体を凍りつかせた。周りの記者達は囃し立てるように話をはじめた。
「なんだ?どうした?」
「あの記者がコモンズらしいってキングが。」
「嘘だろ?コモンズ風情がキングにインタビュー?」
先ほどまでジャックに向けられていた関心が、一人の新人記者に向けられ、その出自が明らかになると嘲笑の声が辺りに響いた。 ばつが悪くなったカーリーは、人混みをかき分け、脇目も振らずに会場を後にした。
会場を抜けたカーリーは、街灯がかすかに灯る駅前のベンチに腰掛けていた。 パーティ会場にはまだ多くの人々が残っていたため、あたりは閑散としていたが、 そんな雰囲気がむしゃくしゃした気持ちをどうにかさせるのに丁度良く思えた。
「・・・なにが、コモンズか?よ・・・。えぇ、そうよ。コモンズですとも!
それで何が悪いっていうの!
デュエルやジャーナリズムを必死に勉強して、ようやく人並みの生活を手に入れたのに
何かあるとすぐコモンズ、コモンズって!みんなで馬鹿にして・・・。」
カーリーはグスッと鼻をならすと、眼鏡をずらして人差し指で目をこすり、悔し涙を拭った。 コモンズであることの差別は今に始まったことではない。 それはコモンズというドン底から抜け出そうと決意したその日から、彼女の人生について回った。 カーリーは悔しさをバネにして頑張ってきた今日までの人生を振り返り、次第に気持ちを落ち着けていった。
「でも絶対に負けないんだから!」
両の拳を強く握りながら、自分に言い聞かせるようにカーリーは呟いた。
「その意気だ」
突然、横から声が響いた。思いもよらず他人の声が聞こえてきたことにカーリーはびっくりして、すぐさま反射的に立ち上がり、声のした方へ目をやった。 そこにいたのは、つい先ほどまで怒りをぶつけていたジャック・アトラスその人だった。
「って!ジャック!?なんでここに・・・?
・・・いえ、すみません・・・キング。」
動揺するあまり、ジャックの名前を呼び捨てにしてしまったカーリーだったが、すぐに平静を取り戻して言い方を改めた。 ジャックはそんな彼女の言葉を遮るようにして右手を水平に振り、カーリーが座るベンチの隣に腰を落ち着けた。
「ジャックでいい。今は私人としてここに来ている。
・・・少し気になってな・・・。」
「・・・コモンズだから?」
「そうだ。」
カーリーは思わず黙り込み、二人の間を静寂が包みこんだ。しばらくして、わずかに声を震わせながらカーリーが静かに口を開いた。
「・・・また私を馬鹿にするんですね。私がコモンズだから。」
「違う。そういう訳ではない。」
「嘘。」
「嘘なものか。わざわざ馬鹿にするために追いかけたりなどせん。」
確かにジャック・アトラスなる人物は、誰かを不当に貶めたりはしないだろう。と、カーリーは思った。 戦う時は常に堂々として、真正面から相手にぶつかり、圧倒的な力を持ってねじ伏せる。 そんな力強さや誇り高い性格も彼が"キング"と呼ばれる由縁であった。
「じゃあ・・・なんのために?」
カーリーは不思議そうにジャックの顔を覗き見るが、その心中はまるで察しえない。
「生まれはどのあたりだ?」
カーリーからの質問には応じず、ジャックは腕組みをしながら、逆に質問を返した。
「・・・サウスサイド。」
小さな声でぽつりと答えるカーリー。ジャックはカーリーに静かに視線を向け、語りはじめた。
「サウスか。あのあたりは最近になって治安が回復したが、かつては酷い荒れようだったと聞く。
俺の生まれ育った町もまた酷いものだった。
明日の食事すら約束されず、寝床すらない日々が当たり前だった・・・。不安なことを考えるとキリがない。
だが、どんなに劣悪な環境にいても、信じられる仲間や己の信念を頼りにして毎日を懸命に生きてきた・・・。
記者はみなスクープのネタを求めるが、お前は何かが違った。
お前を見ているとトップスの連中にはないたくましさを感じた。
とても懐かしい気分になった。」
「ジャック・・・。」
「俺のことは調べているのだろう?だったら知っているはずだ。
この俺もまたコモンズなのだと・・・。」
「そういえば・・・そうでしたね。」
おそらくジャックには自分が経験した以上の困難や差別があったに違いない。と、カーリーは思った。 それを乗り越えたからこそ、キング・オブ・デュエリストとしての今の姿があるのだろう。 カーリーはどうして彼がこの場に来たのか、ようやく分かりかけてきた。 今こうして話をした、ほんの少しの言葉の中に彼の本当の人柄を垣間見た気がした。
しばらくして、ジャックがカーリーに尋ねた。
「ここでのことを記事にするのか?」
「いえ・・・。私人として伺ったお話ですから・・・。」
「そうか。」
「でも・・・今から取材をお願いします。」
カーリーは上着のポケットから手帳とペンを取り出した。 そんなカーリーの職業意識の高さに、ジャックは呆れながらも答えた。
「・・・俺は朝からデュエルやパーティを続けてもうクタクタだ。
お前は遠慮というものを知らんのか?」
「えぇ・・・。えぇ!知りませんとも!
キングになった貴方と同じで、私もチャンスは見逃さない性格なんだから!」
開き直りとも思えるカーリーの言動に、ジャックはフッとわずかに笑みを零した。
「いいだろう!」
そう言って、ジャックはズボンのポケットに忍ばせていた自らのデッキを取り出した。 確かに疲れてはいたが、眠気は不思議と飛んでいた。ジャックはカーリーにデッキを掲げるように突き出した。
「取材と言うなら、これが一番早い。昔から百の言葉より一度のデュエルと言うだろう。
デュエルディスクはあいにく持ってきていないが、構わんな?」
「の・・・望むところなんだから!」
ジャックの心意気に応じるように、カーリーも腰に身に付けたデッキケースからデッキを取り出した。 たとえプロのデュエリストでなくとも誰もが肌身離さずデッキを持ち歩く。それがシティという街であった。
「やるからには手加減などせんぞ!」
カーリーが操る「占い魔女」デッキはステータスの低いモンスターが大半を占めていたため、 ジャックの誇る高パワーのドラゴン達とは単純な戦力差では比較にもならない。 さらにデュエリストとしての戦術や技術の差までも相乗し、一戦たりともまともな勝負にはならなかった。 しかし、カーリーにとってジャックとのデュエルはとても楽しく感じられた。 キングと称される男とカジュアルな場とは言え、対戦が出来るのは記者冥利に尽きる貴重な体験だった。 それにも増して、自分のためにプライベートな時間を割いてくれたジャックの優しさが嬉しかった。
二人のデュエルは夜通し行われた。
それから一週間後、シティの中央部に建設されたデュエル・サーキットにおいてジャックの新たな防衛戦が行われていた。 勝負が動いたのは第7ターン。召喚したスカーライトでジャックは果敢に攻め立て、そのままデュエルを決着させた。
ウィニングランを走り終えたジャックはピットレーンに入り、ガレージの整備班に愛機「ホイール・オブ・フォーチュン」を手渡す。 そして、ピットに殺到する報道陣の取材に応じると、興奮冷め止まぬレース場を後にした。
関係者の多くは、大会の後始末に追われていたため、控室につながる通路に人の気配はほとんど感じられない。 そんな通路に駆ける足音が響く。分厚いレンズの眼鏡をかけた、見知った顔の記者だった。 カーリーは先ほどの取材で聞けなかったことがあったため、こうしてわざわざジャックを追ってきたのだった。
「キング!取材いいですか?」
息を乱しながら問いかけるカーリーに「ああ」と短く答える。
「見事な攻防でした。相手のトラップに苦しめられたようですが?」
「演出だ・・・。」
と、ジャックは答えるが、じっと自分を見るカーリーを見て、もはや誤魔化しきれないと悟った。
「あぁ分かった。見事にハマったよ。今まで出会った中で一番手強いやつだ。」
「それほどの相手とは思えませんでしたけど?」
「お前のことだ、カーリー。」
「え・・・?」
厚いレンズの奥に隠れた瞳には、デュエルの戦況やデュエリストの心理を細かに分析し、見極めるだけの確かな審美眼がある。 そしてその目は未来を信じて頑張り続ける彼女のように光り輝いていた。 そんなカーリーだからこそ、あの時興味を惹かれたのかも知れない。
「決めた!お前、うちに来い。」
「・・・また独占取材ですか?」
「違う。お前が気に入った。それだけだ。」
「・・・。」
「いやか?」
「・・・。」
「どうした?」
「・・・わ・・・わかりました。」
突然の誘いに戸惑いながらも応じるカーリー。 そんな彼女を見てジャックは呟いた。
「全く・・・不思議なやつだ。」 こんな気持ちは初めてだとジャックは思った。
-end-